株式会社イー・カムトゥルー

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2005年12月31日

6期目の終わりに

イーカムの6期目は本日をもって終了する。ずいぶん回り道をしてきたような気もするが・・・

中堅外食企業の関係会社としてスタートしたものの、諸々の事情でこの〝親会社〟とは2年半で縁を切り(正確には切られた、が正しい)、収益的にはギリギリのところまで追い込まれた。だが、我々の決断が正しかったことは、その後のこの旧親会社の迷走、低迷、混迷、さらには経営陣の一掃という顛末を見れば明らかである。4割以上あった株式だって、全部私自身で引受け先を用意したのである、それもきちんと利益を乗せて売却させたのだ。

当時何人もの方から「何で袂をわかったんだ?」と疑問を投げかけられた。売上の6割を失うという選択に皆首をかしげた。あそこで自社の延命だけのために付いていったならば、その関係性は維持できたであろう。売上も多少なりともキープできたかもしれない。だが、私は無謀にも白黒をはっきりさせてしまった。玉虫色ではなく、100かゼロ。正直に言うと「この会社についていくとヤバイ」と感じたからだ。今から思うと付いていかなくてよかった、心底そう思う。

売上の6割を失えば潰れるのが普通だ。事実、契約解消の翌年、イーカムはドツボにはまり、泥水を飲んでのたうちまわる。それでもギリギリのところで踏みとどまることができた。そのどん底の一期ですべてを出し切り、翌期からの反転攻勢の土台を構築することができたのは株主と顧客のおかげだ。身の丈には不相応な資本と、継続的なサービス提供をさせてもらっている顧客がいなければ、今のイーカムは無い。

我々は実に70社以上もの顧客企業とのご縁ができた。システム部門のアウトソーサー。いやそんな格好のいいものではないかもしれないが、まがりなりにも顧客企業の日々の業務の片隅で、イーカムが提供するツールが動いていたことは紛れも無い事実である。

こうしている歳の瀬にも、顧客企業のサービスは動き続けている。我々のサーバーも動き続けている、サポートデスクもスタンバイし続けている。イーカムのサービスが続く限り、このサイクルは変わらない。6期目の最終日、これまでのご愛顧に心から感謝します。そして、どん底から這い上がった我々の第2章の幕開けを高らかに宣言したいと思います。


投稿者 上田正巳 : 19:50 | トラックバック

2005年12月22日

年末年始もイーカムは止まらない

南瓜はまだ口にしていないけれども、冬至である。
12月決算であるイーカムにとっては、いよいよ今年のゴールが近づいてきた。

この時期になると「年内はいつまでですか?」というようなやり取りがいたるところで聞かれるわけだが、顧客向けのASPサービスをやっている関係上、システム運営の意味からすれば「イーカムは眠らない」


もっとも、サポートデスクやシステム運営部隊が動き続けているとはいっても、一般的な意味での法人組織としては、年末年始のお休み期間というのはある。(営業日としては年内は27日まで、新年年明けは5日から)

サポートデスクスタッフはクリスマスも正月もなく、シフトにのっとって粛々と業務にあたるわけで、私からすると、かなり切ない。(イーカムのお客さんの多くは年末年始も営業しているケースが少なくないののだから当然と言えば当然ではある)なんとかならんかな、とずっと思っている。もっとも、このイーカムをやる前、いわゆるライター稼業をやっていたころは、クリスマスとか正月というのはほとんど原稿を抱えながら、締め切りに追われるというパターンが大半であった。

イーカムはサービス業である。顧客にサービスを提供するからには、自らの歳時記は棚上げである。

ここまで言い切ってしまっても良いものなのかどうか。スタッフに対して、そこまで要求する価値のある物語がイーカムにはあるのかどうか。冬至の夜の長さをもってしてもまだ、明快な答えは導き出せないかもしれぬ。

投稿者 上田正巳 : 17:12 | トラックバック

2005年12月15日

国内総金太郎飴化に抗する、琉球の風

氷点下の札幌から、20℃の那覇へという移動をこなしました。
全国的な寒波の影響もあって、さすがに南国アイランドといった気候ではありませんでしたが、それでも十分に3時間半のフライトの果てにたどり着いた異郷でありました。

観光立国をひとつの柱として掲げる以上は、非日常をどれだけ感じられるか、という点が重要なわけですが(これは北海道にも言えることです)、沖縄というところは十分にその資源を持っている土地柄であります。いくら観光地であっても、日本国内の多くは、その地域特有の景色を失いつつあるというのが現状です。全国チェーンのコンビニ、外食チェーン、量販店などが立ち並ぶ風景に、その地域独自のエッジみたいなものはどんどん追いやられてしまっています。

そんな中にあって、沖縄の風景というのは、その地域の記号性をイメージさせうる町並みや景色が現存しています。画一化した街の風情が蔓延するなかで、これは大きな財産です。すべてが金太郎飴のような、Mビル風の都市開発とチェーンオペレーションの渦に巻き込まれる必要はないはずです。

エッジが立つ、ということ、独自性を保つということ。

これはわがイーカムにとっても、大きなテーゼであるのです。琉球の風(けっこう寒い)に吹かれてそんなことをつらつらと考えていましたら、偶然にも沖縄からwin-board.bizの問い合わせがあったようです。うーん次回上陸は近い?

サザンリンクスcc.jpg

投稿者 上田正巳 : 11:41 | トラックバック

2005年12月07日

12月8日に

ダコタアパート.JPG

これはニューヨークのダコタアパートである。25年前にここで一発の銃声が響いた。

12月8日、でピンと来る人がどれくらいいるのかわからないけど、私にとっては重い日だ(真珠湾攻撃じゃございませんよ)。いろんな思いが交錯するのは冬という季節だからなのか、単なる一アーティストに対する思い入れに過ぎないのかはわからない。

この類の話題は、普段はこちらでやっているのだけれど、イーカムという企業をやっている社長のバックボーンはどこにあるのかを察していただくには、ここで触れるのも、少なからず意味のあることだと考える。

イーカムのサービスというのは中小企業支援である、ということは以前にも触れた。いろいろな企業の成長物語の一翼を担いたいと本気で思っているのだ。ということは、その企業の紆余曲折、過去、現在、未来を見つめなくてはならない。どんなエピソードを持っているのか、背景にはどんな物語があるのかについて、思いをめぐらせる必要がある。人にも企業にも、商品にもサービスにも、様々なバックボーンが存在する。

そこに関わる人たちの心の機微に、重きを置く企業であり続けたい。その会社の物語に関わるということはそういうことだと思う。

投稿者 上田正巳 : 22:47 | トラックバック